実はジルコニア製のカトラリー、以前にもいくつかの会社で開発されてはいます。
あるものはスプーン&フォークの1セットで25000円、あるいはベビースプーン一本で5000円、バターナイフが4000円などなど……。
少量とはいえプロダクトは流通しているはずなのに、「ジルコニア」という響きにはほとんど馴染みがありません。
ジルコニア製品が流行った時期には、一本が数百万円するとはいえ、シャネルやカルティエ、ロレックスからもジルコニア製バンドの腕時計などが発売されたほどなのに!
下記の通りすばらしい素材なのですが、もちろんこれには理由があります。
———だから、世界初なのです。
初めて継続的に世に出せるかたちで、まだ世の表舞台には立っていないものを。
日本を代表するプロダクトデザイナーのひとり、大治将典さんによるオールデザイン監修を経て、未知のカトラリーが誕生しました。
・その前に「味が変わる」ってどういうこと?
ステンレスやアルミでできたスプーンを口に含むと、ほんのりしょっぱいような、酸っぱいような味とニオイがしませんか?
それは気にならないとしても、たまたま前歯のギザギザにこすれたりすると……歯が浮くくらいの感触が頬骨にビビッと走ったり。
あれは決して気のせいではなく、れっきとした化学的な作用。
塩分もアミノ酸(いわゆる「うま味成分」)もたんぱく質も、物理的には金属元素が結合したもの———つまり金属のカトラリーに口で触れることと条件は同じで、金属結合は元素の結びつきが弱いために、電流の流れるところならどこでもちょっぴり変化します。
と、いうことは………
舌に触れる以前———まず金属のカトラリーが料理に触れた時点で、そこにはこっそりと味を変える作用が働いているわけです。
もちろんそれが良い働きをすることもあって、銅や銀などのコップは水道水に含まれる塩素を分解する作用から根強い人気があり、その圧倒的な熱伝導率の高さはちょっと他の素材では真似ができないほど……素材の一長一短というものは本当によくできているから驚きです。
・「おいしくなる魔法」の真逆は「味を変えない魔法」
さて一方、ガラスや磁器や宝石はイオン結合という状態———これは物質界では地上最強の相思相愛で、フレアやメラゾーマのような何かに放り込んだりしない限りはぜったいに元素同士が手を離しません。
変化しないということは無味無臭、料理が触れてもまったく味を変えない、という仕組みです。
しかしそうはいっても、なにせガラスや磁器では薄いものは作れない……
かといってレンゲのように分厚いと触感が犠牲になってしまう……
ところが、ジルコニアなら?
・ドイツで出汁(だし)を飲もうとしたら。
ZIKICO代表取締役 山瀬光紀さん:
「ドイツに住んでいた頃のこと……どうやって金属のスプーンで食べても出汁の味が変になってしまうから、和食の汁ものを味わおうとすると、ぶあつい木のスプーンを使うか、お椀から直にすするほかありませんでした。
それなら、味を絶対に変えないスプーンがあれば喜ぶ人は多いんじゃないか———それが出発点で、しかもちょうどジルコニアという素材に出会った時期だったんです。」
日本に帰ってみればたしかにその通りで、たとえば都内某レストランのオーナーの『うちの特製ミネストローネの味を寸分たりとも変えないカトラリーを作って欲しい』という要望から、さっそくジルコニアスプーンを限定製作した案件もあったそうです。
ちょっとこの画面だとプラカードの文字が小さいみたいなので、ここに改めて書き出しますと……
宝石のような、硬さ。
金属のような、しなやかさ。
磁器のような、ノンアレルゲン。
・人工関節にインプラント、出自は医療分野
ジュエリーに詳しい方なら、ジルコニアと聞くと「人工ダイヤモンド」がぱっと思いつくかもしれません。
ところが同じジルコニアでも、焼成温度と時間の違い、イットリウムやマグネシウムなど金属元素の配合によってまったく別の性質のものができあがります。
模造ダイヤはキュービックジルコニアと呼ばれる大きなキューブが正確にずらーっと並んでいる状態(イメージ:□□□)、一方でsumuシリーズのジルコニアは平行四辺形や長方形の「安定化ジルコニア」が詰まった状態のもの(雑なイメージ: ロ // / これはひどい)。
この後者の安定化ジルコニアは、なんとルビーやサファイアに次いで硬い、それでいて結晶の不規則さが生むしなりと弾力を持ち、イオン結合しているから身体のなかにあっても決して変化しない———まさに人工関節やインプラントの素材としては夢のような性質ばかりで、実際に医療の場で活躍しているわけですが……そのお値段ときたら!
そして、sumuシリーズはこれらと同じ安定化ジルコニアでできているのです。
……どうしてsumuシリーズは決して安価とはいえないまでも、この価格設定でゴーサインが出せるのでしょう?
・コンピューターの精密部品をつくる会社から派生
射出成型(しゃしゅつせいけい)、というとちょっと聞きなれないかもしれませんが、身の回りのプラスチック製品はほとんどがこの製法で作られています。
いちど金型を作ってしまえば安価に大量生産できるのが特徴で、100均アイテムから水鉄砲のようなオモチャ、DIYパーツからファイル棚まで、射出成型でつくられる製品を羅列すればキリがないほどです。
……が!
おなじ射出成型といっても、コンピューターの基盤のような電子機器の部品をつくるとなると、求められるのはまったく異次元レベルの精密さ。
山瀬代表いわく「パソコン基盤の上にジェット機をぴたりと着陸させる感覚」とのこと。
そんな超高精度の射出成型を担ってきた「かねひろ株式会社(現:多摩ウッドベル株式会社)」から、ジルコニア専門事業として新設分割したのが株式会社ZIKICOの始まりでした。
・もういちどロゴ部分をアップして……
こちらはZIKICOの頭文字である「 Z 」と安定化ジルコニアの結晶の両方を表現したロゴなのですが、実はこのロゴで柄とスプーン部分が留まっています。
接着剤なし、溶接するでもなし。ひたすら正確なサイズで焼成して" ピタッ "とはめているのです。
焼成するまえの水分を含んだ粘土のような状態に比べて、焼成後のサイズは約30%も縮むそうで、この「 約 」という点がキモ。
↑のようにカッチリ、かつ樹脂の柄とジルコニアの先端部分との間を指で撫でても段差が分からないように焼成するとなると、「29.84502……」のような小数点以下をも計算にいれたうえで成形しなければならないのです。
これがサイズだけの話なら、初めからちょっとした誤差があっても構わないようなデザインにすればそれで済むのかもしれません。
ところがこのジルコニア、そもそも超厳密に温度調整された焼成を経なければ、こちらのsumuシリーズ、そして人工関節やインプラントの正体である「安定化ジルコニア」にならず、たちまちもろく割れやすい性質に転じてしまうというルナティックモード。
「PC基盤にジェット機を着陸させるような」レベルの射出成型の経験値を活かしたプロダクト……ではなく、それが無ければ実現できないプロダクトなのです。
・工場を見学させていただきました
東京は多摩市永山。
2019年の真夏、耳鳴りがするほど日差しの強い8月の終わりごろ。
緑豊かな鎌倉街道沿いに建っているやけに目立つブックオフと、永山周辺のランドマークである国士舘大学とのちょうど真ん中あたりに位置する株式会社ZIKICO。
コンクリート打ちっぱなしの印象的なデザインの工場を見て、いかにも白衣姿のマッドサイエンティストたちが狂気の実験を繰り返していそうな雰囲気だなあと思っていたら実際にそうでした。
5名の職人さん全員が、元かねひろ株式会社の『ジルコニア研究部門』からの古株で、白衣にマスクというスリリングなお姿。
精密射出成型に関する奇妙なまでのレベルの高さについてはものの数十分で感覚がマヒしてしまって、はじめのうち「!!」「!?」だった反応がだんだんと「??」「……?」「……」になっていくのが自分でも分かりました。
工程だけなぞれば「こねる」「形にする」「焼く」「削る」と、これほどシンプルなものもないのですが、シンプルなだけに要所要所の微調整の話になると、とてもじゃありませんがこんな素人には理解が追い付かない!
さて、今までにいくつものメーカさんや作家さんのお話を伺ってきましたが、ここへきて新たなパターンというか、じわじわ不安を煽ってくるタイプのサスペンス映画というか、聞いているこちらがハラハラしてくるような黒歴史をこんなにたっぷり披露して下さるメーカーさんを、わたしはまだ他に知りません。
それでは、実際に山瀬代表からお聞きした楽しいストーリーを、安定化ジルコニアに特化した世にも稀な職人さんたちの手元と共にご覧下さい。
・黒歴史:スープスプーンが削れない
たとえば……前項で「ミネストローネのためのスプーン」に触れましたが、こちらは株式会社ZIKICOの初製品として販売される予定で、もちろん力も入っていて、あっさりグッドデザイン賞とJIDAデザインミュージアムセレクション賞も受賞したすんごい出来栄えだったのでした。
ところが、デザイン賞を取るのと同じくらいあっさりと「どうやっても一日一本しか作れない」という事実も判明しました。
一本の研磨に丸一日かかるうえに、研磨機の部材がすぐオシャカになるし、でもクオリティは変えたくないし、これで採算を合わせようと思ったらいったい一本いくらで販売するべきなのか?
……10万円? いや10万円でも赤字だし……20万……円?
そんなこんなでこちらのスープスプーンはお蔵入りしたわけですが、最後まで製品化しようとしていたほどですから———
「なんらかの勝算というか、研磨を何とかできる望みがあったということでしょうか?」
山瀬代表「いや、ムリだと分かっていました」 「?!」
・黒歴史:山瀬代表しかつくれない
工場をひととおり案内して頂いたあとふたたび応接室に戻ると、つぎに山瀬代表が見せて下さったのは「ジルコニアの指輪」。
ツールボックスを開くとそこはまさに(たぶん1000年後の未来の)おとぎ話に出てくるお宝の山で、ちょうどキーホルダーチェーンくらいの細くて小さなジルコニアの鎖(接合無し、つまり「はじめからぜんぶ繋がった鎖の状態で射出・焼成している」という技術的に謎の物体。こういう未確認物体はNASAに保管されるべきだとわたしは思います)に螺旋状の指輪(NASA案件)に……なかでも特級なのは『二色のジルコニアが混ざった指輪』。
ホワイトの生地に鮮やかなインディゴブルーのラインが入ったもの、レモン色や明るい赤などなど。
この指輪の不可能性をどう表現したものかさっぱり分からないのですが……ひとことだけ書くとすれば、世界中で山瀬代表しか作れないという点でしょうか。修行先のドイツの人たちも舌を巻いた一品。
そして恐らく、そろそろこちらをお読みになっている方はお気づきになる通り、山瀬代表しか作れないうえに必ずしも成功するわけでもなく、ツルツルに研磨しようとすると(以下略)……というわけで、こちらも製品化は当分ムリ、ということが判明しています。
それにしても「ジルコニアの指輪」ってソーシャルゲームの課金装備みたいですね。
どうしても欲しい、という方はぜひ株式会社ZIKICOへお問い合わせ下さい。
ひょっとしたら……山瀬代表ならあるいは……。
カル〇ィエやロレッ〇スですらも結局は手に負えなかったジャンルですから、どうしても興味が出てしまうもの……。
そしてハードボイルドの境地へ
精密、唯一、門外不出。
0コンマ00以下の世界で調整される流体計算やイットリウムなど他元素との配合。そうしてやっと完成するフォークやスプーン……。
ところがこれほどの綿密なプロダクトの強度チェックはコンクリートに落として割れなければ合格というこのうえなくハードボイルドな手段で行われます。イーストウッドもにっこり。
もちろん、これが磁器やガラスなら大破してしまいます。金属ならコンクリートに当たった瞬間、曲がりはしないにしろ接触部分が削れてしまいます。
考えてみればみるほど「鉱物がしなる」というのは珍しい能力で、なおかつ先端が削れることすらないモース硬度(物体同士をこすり合わせたときにどちらが削れてしまうか、という基準で比べる指標)も備えているし、しなりがあるから人体にも当たりが優しく、人工関節やインプラントに採用できるわけですが……それにしてもこの検品方法にも若干のマッドサイエンスの匂いを嗅ぎつけずにはいられません。
(ここで白衣姿の人たちがカトラリーをコンクリートに落としながらニッコリしている図)
でも、こうして突出したサイエンスとセンスがなければ、とても生まれるはずのなかったプロダクトなのです。
ちょっとデザインがおしゃれなだけのプロダクト、売り出し方ばかりが派手でたちまち時流の埃に埋もれる作品。
そして一方には、決して色褪せない作品、使えば使うほど「いまここにあるのが嬉しい」と思える製品。
SUMUシリーズをデザインした大治将典さんが主催メンバーである「ててて見本市」は、日本一の見本市です。
ここにくれば英気を養える、仕事のあり方がまたちょっとだけ変わる。毎年そんなふうにワクワクしながら、毎年二月に青山の会場へ向かいます。
しかし日本一面白いプロダクトが集まる展示会とはいっても、結局のところ作品にしろ製品にしろ、良いと思うか思わないか、値段に見合うか見合わないか、それを決めるのはいつだってそれを手に取る人の心次第です。
扱うのが難しい素材だからいったい何なのか?
ヒト科に属するわたしたちの寿命ではとても生成するまでを見届けることができないほど永い年月をかけて生まれる鉱物、あるいは成長の遅い木。その質が優れているからといって、いったいどんな価値があるのか?
好きな人がとつぜん嫌いになってしまうように、手元にあるはずのものの距離感はいつだって変わってしまいます。
それでも、胸を張って「良い」と思える作品や製品には、必ず共通点があります。
陳腐で青臭いことを言うようで恥ずかしいのですが……それは「希望」や「あこがれ」だと思っています。
地球というものの構成はうんざりするほど複雑で、ときどき眠る前に目をつぶると、「とても知り尽くせない」「出会うことができない」という事実を痛感して眠れなくなるほど……。
それでも思い切って反対側からスポットライトを当ててみれば、未来の教科書に載るかもしれないどんな災害が起こっても、どんな病のパンデミックがわたしたちを疲弊させようとも、この世界に「掘り尽くせない複雑さ」という余地がある限り、それこそが希望であるはずだと思うのです。
そんなに底が見えないほど複雑な全体から、目に見えるかたちで何かを生み出すことができる人たちがいる。
その複雑さ、その変化がある限り、いつだって「何とかなるさ」と前を向ける。わたしだってきっと何かができる。
希望の本質は、そういうことだと思うのです。
これは触ったことがないと、そう指で撫でながら思える素材。
「これは何で出来ているの?」と聞かれたら「宝石の仲間だよ!」と答えられるプロダクト。
株式会社ZIKICOさんの技術、これからの可能性が結晶したプロダクトをご覧下さい。