四辺形のバターナイフ - ムラサキタガヤサン(紫鉄刀木) -
■サイズ:幅17 × 長さ151 × 厚さ6(mm)
■素材:ムラサキタガヤサン
■産地:タイ、ミャンマー
■比重:0.95〜1.03
■重さ:6g
■製作:東京都大田区
・タガヤサンとムラサキタガヤサン【ともにマメ科】
タガヤサンは、心材が鉄のように硬いことから「鉄刀木」の当て字のある、古来より黒檀・紫檀に続いて有名な銘木の一つ。タイ、ラオス、インドネシアなどの東南アジアで植林されたものが材として用いられています。ミャンマーのビルマ産のものが最も品質が良いとされていますが、現在では森林資源保護のために輸出を禁止しています。
日本では主に仏具や仏壇、高級家具、床柱などの材として用いられてきました。
切り出したすぐには黒い心材(幹の中心に近い部分)が、空気に触れるにつれだんだんと変化し、乾燥後には褐色がかった紫色に落ち着きます。その紫がかった基調に黄褐色の斑点がほどよく混ざり、斜体状、渦巻き、波線状と、変化に富む装飾的な木目を作り出します。
タガヤサンに似た色味をもち、東南アジアに加えてザイールなどの中央アフリカでも産することから広く代用されてきたのがムラサキタガヤサンです。近年ではただ代用品としてではなく、それ自体の美しさと価値が認知されつつあるそうです。
「ムラサキ」と付け加えられてはいますが、アフリカ産のムラサキタガヤサンはむしろ茶色に近い褐色をしており、はっきりと暗紫色を呈するのは東南アジア産のものだけです。一方でタガヤサンは、全体的に色調がやや明るく、赤みがかった茶色を呈します。
ふたつとも強度・耐腐食性が素晴らしい材ですが、タガヤサンの方は歪みが出ないように乾燥させるのが大変むずかしく、乾燥後の加工もひと癖あるという点でも独特な価値を持っているようです。
とはいえ……どちらも木目の趣、色味の美しさにおいてまったく引けをとらない銘木。最後には好みで選ぶしかなさそうです。
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東京都大田区、馬込の一角にある工房kusukusu(クスクス)さん。
かれこれ30年間以上にわたって木工工芸の教師として彫刻を教えてきた鈴木國義さんが、お一人でデザイン・製作を手掛けています。
専門的な木工芸術の知識や技術を伝える傍ら、ご自身でも作品を作り続けていた鈴木さんですが、なんでも江戸木彫りの職人さんのちょっとした一言が、それまで蓄え続けたイメージをついに作品と一致させるきっかけになったそうです。
その言葉とは―――
「道具は使うからこそ、その形になる。」
「工芸作家さんの作品」というと、いかにも意味深長で、少しとっつきにくいものを想像する方もいらっしゃるかもしれません。
ところが鈴木さんの作品は、とっつきにくいどころか、それぞれが手に吸い付くような、触れた手が一度で覚えてしまうような感触を持っています。
動物や植物のもつ曲線と、実用的で鋭利な線が、カトラリーやかんざしのなかにぎゅっと濃縮され、一見すると単純なのに、まじまじと見つめるほどにその複雑さに驚く、不思議なかたち。
見る目に美しい膨らみや起伏が、手に持つと心地良いことにも気が付く、思わず2+2=5と言いたくなるような姿と触感の工夫が凝らされています。
ツゲや黒檀、タガヤサンといった押しも押されぬ銘木から、ボコテやペクイアのようなあまり知られていない良質な木まで、鈴木さんが見繕った十数種類の緻密で重い木から、kusukusuの作品は生まれます。
中南米やカリブ海諸島、アフリカ、東南アジア、そして日本。
古来よりそれぞれの産地で工芸品や楽器などに用いられてきた魅力的な材ばかりですが、輸出量の制限や生育数の不安定さ、そして乾燥加工の難しさから、どれも現在では高価で希少になっているものばかりです。
産地も歴史も異なる木々、それぞれが秘めている風合いと良さを活かすために、最適なかたち。
ある木は川床で磨かれた石のように硬く、ある木は張りつめた弓弦のように堅く、またある木は時間の止まったカスタードのように固い。密度の高い木に固有の「かたさ」を楽しむために、しっくりくるかたち。
良いペン軸やお箸にも共通する、載せた指自体がそのバランスを楽しんでいるかのような、遊びのある重み。最初は軽く、だんだんと意識されるにつれ手に伝わってくる、そんな木の「重さ」を味わえるかたち。
まるで眠っていた角材の中から、作品の姿につられて、木そのものの色や体温まで表に現れるかのようです。
スプーン、バターナイフ、蛇のかんざしに、鳥の姿をしたかんざし―――
どれも最初からこの形だったのではなく、姿と手触りの一致を求める試行錯誤の末に辿り着いたそうです。
実際にこれまでの試作品をいくつか手に取らせて頂きましたが、現在の形に比べるとその差は歴然。目が納得しないと不思議に手も納得しないということが、試作品に触れるとたしかに実感できます。
そうして行きついた線と曲と円、一様ではない、変化に富む形状をひとつの角材からあらわす作業工程は、複雑どころか、いたってシンプルな力技。
電動糸鋸で材のサイズを整え、型紙に沿って鉛筆でアタリを描き、万力でがっしりと固定。
そしてそこから先は、彫刻刀とハンマーを使って、ひたすら目測と手の感覚で削り出してゆきます。
ゴリゴリ、バキバキ、ものすごい音。
万力ごと机が震えて、床に立っている足まで振動が伝わってきます。乾燥させたあとでも水に沈むほど比重の重い、ぎっしりと密度の高い木を用いた作品をあまり見かけない理由がよく分かります。加工があまりに難航するため、数を作ることができないのです。
それでも木が好きで、かたい木がもっと好きな鈴木さんは、気難しくて癖のある、だからこそ滑らかに美しく仕上がる木を選びます。
その木の美しさと質感を、あるものは図形的な美しさに、あるものは動物、植物、そして人間がもつ自然な起伏や曲線に託して、日常の中で使うことで味わえるようなかたちに表現します。
形が出来あがっただけでは、まだ完成ではありません。
目の細かい紙やすりを使って全体を丁寧に磨き上げることで、最後の魔法が起こります。
それまで白っぽくくすんでいた表面にだんだんと色が出て、艶が出て……
そして最後に蜜蝋を塗り込むと、まるで息吹を与えられたように木が鮮やかに発色するのです。
ああ、だからこんなにかたい木を選ぶんだ、だから木が好きなんだ―――
一見風変わりな曲線。
機能性を備えたシャープな線。
そして丁寧で滑らかな表面の仕上げ。
最後には「その木の良さを味わえる形」という静かな感覚に収束していく、すこし不思議な体験。
「道具は使うからこそ、その形になる。」
木を愛する木工作家が辿り着いた、姿と手触りの魔法をどうぞご覧ください。