丸いバターナイフ - チンチャン(手違紫檀)-
■サイズ:幅18 × 長さ143 × 厚さ5(mm)
■素材:チンチャン
■産地:タイ、ミャンマー、カンボジア
■比重:0.94〜1.04
■重さ:6g
■製作:東京都大田区
・チンチャン【マメ科ツルサイカチ属】
タイ、ミャンマーなど東南アジアの一部地域に分布。
遠目にはアジアンタムのようにも見える繊細な葉をつけ、立ち姿も美しく、さらには材木としても極めて優れものという、人物だったらモテること間違いなしのイケメン銘木です。
……ところが日本における俗名は、なんだか怪しい「手違紫檀(てちがいしたん)」。
チンチャンにしてみればきっと不服に違いないこの「手違い」という形容は、なんでもその昔、輸入業者さんが本紫檀(ほんしたん)を注文したはずのところが、間違ってこちらのチンチャンが届いてしまったことに由来するそうです。
もともとこのチンチャンも含むツルサイカチ属は、東南アジア、南アジア、熱帯アメリカ、マダガスカル、そしてアフリカと、赤道周辺の熱帯地域のあちらこちらにその親戚や兄弟が分布しているうえ、同じ地域で発見されたものとなると、ことのほか種と種との区別が難しいのだとか。この「種の分類」という点に関しては本当に困りものの一族で、「150種だ」「いやいや500種以上だ」と、いまだに専門家たちがその手の雑誌を通じてねちねちと言い争っているほどだそうです。
ちなみに分類といえば、紫檀と聞いてピンとくるのが「ローズウッド」。英語である「ローズウッド」の日本語訳として「紫檀」が用いられているのは確かなのですが……これは特に芳香の豊かな数種類のツルサイカチ属をまとめて区別するために設けている総称であって、実際にローズウッドというツルサイカチ属の特定の種があるわけではありません。
では、どの種類のツルサイカチ属がローズウッドに含まれるのかというと、これまたアロマの学派や専門家、あるいは材木取り扱い店舗によってもまちまちで、まったくややこしいったらありません。
チンチャンに話を戻しますと、材木としても極めて優れものと書きましたが、それは材木として販売されている完成品の話で、生きた材木としては乾燥・加工がなかなか困難な、扱いにくい材だそうです。
ですが、一度加工してしまえばその耐久力と使用感はすばらしく、基本的な紫檀の深い色をベースに僅かなオレンジが加わった優雅な色合いや、直線や斜帯状模様が断続的に入れ替わる変則的な木目、そしてかすかな芳香。
古美術然とした気品のある光沢もまた魅力的な、アジアンテイスト溢れる銘木です。
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東京都大田区、馬込の一角にある工房kusukusu(クスクス)さん。
かれこれ30年間以上にわたって木工工芸の教師として彫刻を教えてきた鈴木國義さんが、お一人でデザイン・製作を手掛けています。
専門的な木工芸術の知識や技術を伝える傍ら、ご自身でも作品を作り続けていた鈴木さんですが、なんでも江戸木彫りの職人さんのちょっとした一言が、それまで蓄え続けたイメージをついに作品と一致させるきっかけになったそうです。
その言葉とは―――
「道具は使うからこそ、その形になる。」
「工芸作家さんの作品」というと、いかにも意味深長で、少しとっつきにくいものを想像する方もいらっしゃるかもしれません。
ところが鈴木さんの作品は、とっつきにくいどころか、それぞれが手に吸い付くような、触れた手が一度で覚えてしまうような感触を持っています。
動物や植物のもつ曲線と、実用的で鋭利な線が、カトラリーやかんざしのなかにぎゅっと濃縮され、一見すると単純なのに、まじまじと見つめるほどにその複雑さに驚く、不思議なかたち。
見る目に美しい膨らみや起伏が、手に持つと心地良いことにも気が付く、思わず2+2=5と言いたくなるような姿と触感の工夫が凝らされています。
ツゲや黒檀、タガヤサンといった押しも押されぬ銘木から、ボコテやペクイアのようなあまり知られていない良質な木まで、鈴木さんが見繕った十数種類の緻密で重い木から、kusukusuの作品は生まれます。
中南米やカリブ海諸島、アフリカ、東南アジア、そして日本。
古来よりそれぞれの産地で工芸品や楽器などに用いられてきた魅力的な材ばかりですが、輸出量の制限や生育数の不安定さ、そして乾燥加工の難しさから、どれも現在では高価で希少になっているものばかりです。
産地も歴史も異なる木々、それぞれが秘めている風合いと良さを活かすために、最適なかたち。
ある木は川床で磨かれた石のように硬く、ある木は張りつめた弓弦のように堅く、またある木は時間の止まったカスタードのように固い。密度の高い木に固有の「かたさ」を楽しむために、しっくりくるかたち。
良いペン軸やお箸にも共通する、載せた指自体がそのバランスを楽しんでいるかのような、遊びのある重み。最初は軽く、だんだんと意識されるにつれ手に伝わってくる、そんな木の「重さ」を味わえるかたち。
まるで眠っていた角材の中から、作品の姿につられて、木そのものの色や体温まで表に現れるかのようです。
スプーン、バターナイフ、蛇のかんざしに、鳥の姿をしたかんざし―――
どれも最初からこの形だったのではなく、姿と手触りの一致を求める試行錯誤の末に辿り着いたそうです。
実際にこれまでの試作品をいくつか手に取らせて頂きましたが、現在の形に比べるとその差は歴然。目が納得しないと不思議に手も納得しないということが、試作品に触れるとたしかに実感できます。
そうして行きついた線と曲と円、一様ではない、変化に富む形状をひとつの角材からあらわす作業工程は、複雑どころか、いたってシンプルな力技。
電動糸鋸で材のサイズを整え、型紙に沿って鉛筆でアタリを描き、万力でがっしりと固定。
そしてそこから先は、彫刻刀とハンマーを使って、ひたすら目測と手の感覚で削り出してゆきます。
ゴリゴリ、バキバキ、ものすごい音。
万力ごと机が震えて、床に立っている足まで振動が伝わってきます。乾燥させたあとでも水に沈むほど比重の重い、ぎっしりと密度の高い木を用いた作品をあまり見かけない理由がよく分かります。加工があまりに難航するため、数を作ることができないのです。
それでも木が好きで、かたい木がもっと好きな鈴木さんは、気難しくて癖のある、だからこそ滑らかに美しく仕上がる木を選びます。
その木の美しさと質感を、あるものは図形的な美しさに、あるものは動物、植物、そして人間がもつ自然な起伏や曲線に託して、日常の中で使うことで味わえるようなかたちに表現します。
形が出来あがっただけでは、まだ完成ではありません。
目の細かい紙やすりを使って全体を丁寧に磨き上げることで、最後の魔法が起こります。
それまで白っぽくくすんでいた表面にだんだんと色が出て、艶が出て……
そして最後に蜜蝋を塗り込むと、まるで息吹を与えられたように木が鮮やかに発色するのです。
ああ、だからこんなにかたい木を選ぶんだ、だから木が好きなんだ―――
一見風変わりな曲線。
機能性を備えたシャープな線。
そして丁寧で滑らかな表面の仕上げ。
最後には「その木の良さを味わえる形」という静かな感覚に収束していく、すこし不思議な体験。
「道具は使うからこそ、その形になる。」
木を愛する木工作家が辿り着いた、姿と手触りの魔法をどうぞご覧ください。